【マスターブリュワー直撃シリーズ、エピソード(5)】「ホップ三部作」中編!“伝説のホップ”はビールに似つかわしくない?

人気のクラフトビールシリーズ「Craft Label(クラフトラベル)」のマスターブリュワーを直撃し、その魅力に迫りまくる本作。エピソード(4)(5)(6)の通称(というか自称)「ホップ三部作」の今回は中編、エピソード(5)です。前回の(4)でもったいぶった“伝説のホップ”の全貌がいよいよ明らかになりますよ!もう興奮して、泡吹いて倒れないように。泡はビールだけで十分っす。

直撃のお相手は、前三部作からの重要登場人物である「Craft Label」の“総監督”、ジャパンプレミアムブリュー株式会社ただ一人の「マスターブリュワー」新井健司(あらい・たけし)さん。もうお馴染み、麦芽とホップが渦巻く銀河のジェダイマスター、その人です!

北海道生まれが世界をザワつかせているらしい

北海道生まれが世界をザワつかせているらしい

エピソード(4)では「Craft Label 香り踊るジャグリングIPA」の製造プロセスをひも解きながら、クラフトビールにおけるホップの役割、その奥深さをご紹介しました。

そこでは3つのホップが登場しましたが、この世界にはそれ以外にも多種多様な味と香りを生み出すホップがそれこそ銀河の星の数ほど(……は、ないかもしれません(汗)が、とにかくたくさん)存在しています。

そんな中で今、クラフトビールブームの中心地であるアメリカ、そしてヨーロッパで、なんと日本生まれのホップが旋風を巻き起こしているというではありませんか! そしてそのホップ、なんとジャパンプレミアムブリューの親会社であるサッポロビールが育種開発したものだというではありませんか! その名も「ソラチエース」。ソラチ、というのは育種された北海道の地名、「空知(そらち・空知郡や空知川)」に由来します。

「今、海外のクラフトビールの醸造家と話したら、たぶんみんなソラチエースを知ってます。おそらくそんな日本生まれのホップは他にないんじゃないでしょうか。一言でいうと、『ビールには似つかわしくない香り』を持つホップです。クラフトビール好きな人なら、これまでいくつもビールの香りをかいできたと思うんですけど、そのどこにも属さない、というイメージのフレーバーがあります」

もう頭の中を「!」と「?」がぐるぐるしまくっている次第なんですが、ええと、全然ビールらしくない香りがあると、なのにクラフトビール界が騒然としているんだと、……ええと、すみません、どういうことなんでしょうか……。

「アメリカで火がついたクラフトビールの流れというのは、『今はまだ誰も知らない、何か新しい味や香りを生み出す』というところに大きな価値を置くというか、それをモチベーションにして発展してきたところがあります。ですから『ビールに似つかわしくない』というソラチエースの香りは、むしろ最高評価に値するものだったわけです。このホップを使えば普通とは違う、差別性が間違いなくあるビールができる、と醸造家たちが注目したんですね」

確かにビールっぽくはないホップですわな

確かにビールっぽくはないホップですわな

で、その「ビールに似つかわしくない」香りがどんなものか。気になります?気になります?ます?ます?

枡。です。はい。

「ソラチエースの香りは、人によっていろいろ表現がありますが、ヒノキの香りが近いです。……といってもちょっと想像しにくいかもしれませんね。日本酒の枡とかでビールを飲んでいるかのような、……まあ、あくまでイメージですけど」

枡!……この単語に敏感に反応するようになってしまった編集長Dなんで、食いつき過ぎてすみません。ちなみに上にある画像は「ミズナラ枡」でして、ヒノキではありませんので、念のため。こちらもあくまでイメージです。

「ヒノキというと具体的過ぎるかもしれませんが、おおざっぱには木の香り、森林の中を歩いているときの香りも近いです。あとはハーブ類でいうとレモングラスとかディルの香り。個人的には、小松菜を電子レンジかなんかで加熱して、それをかじったときに上がってくる香りなんですが(笑)。いずれにしろ、やっぱりビールとはちょっとリンクしづらいようなフレーバーですね」

そんなある種“異端児”なソラチエース。開発が始まったのは実に40年近く前のこと。それから今に至るまでには、“異端児”ゆえの数奇な運命があったのだった……(遠い目の編集長D、まだ酔っているわけではない)。

一本の映画になりそうな、“異端児”が“伝説”になるまで

一本の映画になりそうな、“異端児”が“伝説”になるまで

チェコのザーツやイギリスのブリュワーズ・ゴールドといった、伝統的なホップの系統に由来する品種として、サッポロビールがソラチエースの開発をスタートしたのは1974年。ビールの原料分野一筋で技術と感性を磨いてきたホップ育種家・荒井康則氏が交配に着手しました。

開発は10年に及び、1984年に「高い苦味含量ながらアロマホップの性質も兼ね備えた品種」として登録されるのですが、当時はまだ「ビールといえばピルスナーでありラガー」の時代。“異端児”ソラチエースの個性が許容されるカルチャーはまだ日本にはありません。そう、生まれるのが早すぎた、というやつですねえ。

そこに登場するのが、サッポロビールのホップ育種研究家・糸賀裕氏。ソラチエースの苗をアメリカ・オレゴン州立大に送り、その魅力を現地のホップ関係者や醸造家に発信し始めました。それが1994年。“異端児”が、ついにメジャーリーグに挑むべく渡米したわけですな。

しかししばらくはマイナーリーグでの下積みが続きます。普通の選手、いや品種ならここで腐ってひっそり帰国するところですが、ソラチエースには運命的な出会いが待っていました。2006年、アメリカの一大ホップ産地・ヤキマのクラフトビールの仕掛け人・Darren Gamache氏(以後ダレンさん)に見出されるのです。

ちょうど自分の農地で次に栽培する新しい(というか変わった)ホップ品種を探していたダレンさん。オレゴン大の農場で品種を物色中に、ふと出会ったのがソラチエース。ご本人曰く「農場でその香りをかいだ瞬間、その場から一歩も動けなかった。それほど衝撃的な香りだった」のだとか。いやよっぽどですよ。人間はそう簡単には一歩も動けなくなりませんからね。“異端児”がよほど“異端”だったのでしょう。

しかしこの“異端”ぶりは、アメリカのクラフトビールカルチャーでは「最高評価に値する」わけで、ダレンさんは早速ソラチエースを作付けし、全米の名だたるクラフトビールの醸造家たちにプレゼンを仕掛けていったのです。結果、醸造家たちはソラチエースの実力に驚き、その価値が認められていきました。

2010年ごろにはシアトルのエリシアン・ブリューイング、ニューヨークのブルックリン・ブリュワリーなど、泣く子も黙るメジャー球団、あ、いやいや、メジャーな醸造所がソラチエースを使用した銘柄を発表。あとは推して知るべし。瞬く間に世界のビールの作り手と飲み手をザワつかせる存在に成り上がった次第。なんというアメリカンドリーム!イチローもびっくりの、ソラチローなんですねえ。

世界クラスの味、飲めるんですか?どうなんですか?

世界クラスの味、飲めるんですか?どうなんですか?

こうして、多くのビール関係者たちの手による奇跡のリレーを経て、その名を世界にとどろかせるに至った“異端児”ソラチエース。いや、もはや異端じゃないっすね、むしろ俺が標準だと、やっと世界が俺に追い付いてきたんだと、そう拳を突き上げて叫ぶ姿さえ目に浮かびそうです。

「こんなにストーリー性のあるホップって、世界的に見てもなかなかなくて、おもしろい存在だと思いますよ。日本発祥で世界的に使われるようになるホップはほとんどないですし。育種開発の本場はやはり欧米なので。その意味でも珍しいケースですね」

言ってしまえば快挙ということになりますが、快挙ネタでいうと、ベルギーの通称“悪魔のエール”「デュベル」が毎年出している「トリプルホップ」という特別銘柄がありまして、ここに毎年世界の実力派ホップから一つがゲストホップとして採用されるのですが、その2013年バージョンにソラチエース、堂々の選出を果たしています。ホップ世界選抜の仲間入りというか、その年のMVP級の扱いということですね。いやあ、あの北海道生まれの、アイツがねえ。

……と、ここまでくると、それどんな味なんだ、どこで飲めるんだ、という話になってきますよね。が、エピソード(1)(2)(3)でご紹介した「Craft Label」の3タイプにはソラチエースは残念ながら使用されていません。当面はクラフトビールの品ぞろえの多いお店なんかでエリシアンやブルックリンの銘柄を探すしかなさそうです……、と、思っていたら、ある?新井さん、あるんですね?あるんですか?あるんです!

あるんじゃないですか~。ということで、ソラチエースの“生みの親”がついに自ら手掛けた渾身の新商品、いよいよ続くエピソード(6)でご紹介。震えて待て!