スペクタクルな二つの綱引き
酒蒸しというのは面白い料理だ。一方では、具材を高温の酒でもって完全に包囲することで、米や酒粕由来のまろやかな風味を前面に押し出してくるが、もう一方では、シンプルな味付けによって魚貝本来のワイルドな塩気を消すことなく担保し、こちらもまた主張してくる。この穏やかさと野性味の綱引き、緊張関係こそが、酒蒸しを酒蒸し足らしめている魅力の根源であろう。
それでいくと、「白州」もまたその内に緊張関係を秘めているシングルモルトと言える。最初の口当たりで感じる軽やかでフレッシュな甘さと、やがて少しずつ織り交ぜてくる煙たいピート香や果実的な酸味といったクセのある部分。その綱引きがある。
ハマグリの酒蒸しにバターをちょい足し、「白州」を「酔い足し」すると、両者の緊張関係のふり幅がグンと大きくなるのではないか。3人対3人の綱引きが、300人対300人になるようなものだ。そっちの方がスリリングだし、エンターテインメントとして完成度が高い。
バターによってまろやか方面にグッと傾きかけた流れを、白州も一瞬後押しするように見せかけて、シャープなスモーキーフレーバーを随所にねじ込んでハマグリの磯くささの方にもう一度綱を引き戻してくる。この塩気方面への「引き戻し」は、日本酒だけの酒蒸しではそこまでクローズアップされない要素だろう。
試合はよく動くのになかなか決着の付かない、甲子園の伝説の名勝負みたいなこの駆け引きをアテに、楽しむのはもちろん「白州」だ。こっちはこっちで、見ごたえのあるもう一つの綱引きが展開される。割り箸を置いてグラスを傾け、舌の上で綱をもうひと引きしてみる。さて、次はどっちに加勢しようか。