【飲むだけで満足してないか?】ジャパニーズウイスキーをあの料理に「酔い足し」(2)

料理・食べものを美味しくする脇役としてお酒を使う。この酔狂なテクニックを、お酒のメディア「バッカスの選択」では「お酒によるちょい足し」、すなわち「酔い足し」と提唱して勝手に推奨している。
(1)「余市フランベ」編に続いて、今回ご紹介するのは酒蒸しである。

酒蒸しに、さらに酒を入れたい

酒蒸し? 定番過ぎないか? 「意外な隠し味」の要素がない、というか酒を使うことは料理名でネタバレしているけど? とツッコミの構えを見せた方々、ご案じ召されるな。今回の酒蒸しは、確かに途中までは「あの酒蒸し」だ。だが最後に酒がもう一銘柄投入される。それこそが、ジャパニーズウイスキーの代表的シングルモルトの一つである、サントリー「白州」だ。

なぜに「白州」なのか?

なぜに「白州」なのか? その理由を知るには、「バッカスの選択」の別記事「【210組み合わせ全査定に挑戦】ジャパニーズウイスキーに合うツマミを独断せよ」の(3)「サントリー白州」編を一読いただくのが早いかもしれない。
日本のウイスキー6本×ツマミ35種の組み合わせを総当たり戦で全査定したこの企画で、不肖私の舌と鼻と独断と偏見により「白州」に合うツマミの第1位に輝いたのが、「ホタテのバター醤油味缶詰」だった。

ホタテの磯くささとバターの乳製品特有のまろやかな甘味のバランスが、「基本フレッシュ&秘めたスモーキー」の白州と完璧にマッチする、そんな寸評を加えた。確かにこのカップリングは、もぐもぐ、かんふぇひだ、もぐもぐ、とホタテを噛みしめながら、このとき私の頭の中には既に別の構想が明確なビジュアルとともに浮かび上がっていた。
ハマグリの酒蒸しである。

同じ貝類、香る磯の風味、弾力のある歯ごたえ、そして味付けのバター。そう、バターだ。その絵が頭の中に見えたとき、「酒蒸し」の「酒」という字のイメージが混線してきて、私の意識に一つの欲望が萌芽するに至った。
「ハマグリの酒蒸しに白州を入れたい」
どのみち酒は入っているのだし、何より合わないはずがないという確信めいた思いが気持ちを支配していた。そして今回、ついに妄想が現実になる日が到来したのである。

酒におぼれ、白州にもおぼれる

酒におぼれ、白州にもおぼれる

目の前には、あの日思い浮かべたビジュアルそのままに、ココットの中でジュクジュクと酒蒸されているハマグリたちがいる。一般的な手順に従い、まず器を満たすのは日本酒だ。

ほどなくして、静かにゆったりとバターが重力に従い滑り始める。貝殻の「へり」は、貴婦人が優雅に下りてくるオペラ座正面玄関の大階段にしか見えない。

やがて、酒という俗世間の魔力に堕ちていく貴婦人、あ、いや、バター。

上流社会では味わえなかった刺激に貴婦人がトロトロにとろけていくころ、別の蒸溜社会から貴公子「白州」が颯爽と登場し、バターに手を差し伸べる。……まあ二人して結局俗世に染まっていくのだが、とにかくこの頃合いで「白州」をココットに投入する。ドボドボは野暮だ。香る程度、少しでいい。

かくして、濃密なオペラの一幕のようなドロドロの展開の果てに完成した「ハマグリの酒&白州蒸し」。早速いただいてみるとしよう。プッチーニでもBGMに。振るうタクトは割り箸に持ち替えて。

スペクタクルな二つの綱引き

スペクタクルな二つの綱引き

酒蒸しというのは面白い料理だ。一方では、具材を高温の酒でもって完全に包囲することで、米や酒粕由来のまろやかな風味を前面に押し出してくるが、もう一方では、シンプルな味付けによって魚貝本来のワイルドな塩気を消すことなく担保し、こちらもまた主張してくる。この穏やかさと野性味の綱引き、緊張関係こそが、酒蒸しを酒蒸し足らしめている魅力の根源であろう。
それでいくと、「白州」もまたその内に緊張関係を秘めているシングルモルトと言える。最初の口当たりで感じる軽やかでフレッシュな甘さと、やがて少しずつ織り交ぜてくる煙たいピート香や果実的な酸味といったクセのある部分。その綱引きがある。

ハマグリの酒蒸しにバターをちょい足し、「白州」を「酔い足し」すると、両者の緊張関係のふり幅がグンと大きくなるのではないか。3人対3人の綱引きが、300人対300人になるようなものだ。そっちの方がスリリングだし、エンターテインメントとして完成度が高い。
バターによってまろやか方面にグッと傾きかけた流れを、白州も一瞬後押しするように見せかけて、シャープなスモーキーフレーバーを随所にねじ込んでハマグリの磯くささの方にもう一度綱を引き戻してくる。この塩気方面への「引き戻し」は、日本酒だけの酒蒸しではそこまでクローズアップされない要素だろう。
試合はよく動くのになかなか決着の付かない、甲子園の伝説の名勝負みたいなこの駆け引きをアテに、楽しむのはもちろん「白州」だ。こっちはこっちで、見ごたえのあるもう一つの綱引きが展開される。割り箸を置いてグラスを傾け、舌の上で綱をもうひと引きしてみる。さて、次はどっちに加勢しようか。