【飲むだけで満足してないか?】ジャパニーズウイスキーをあの料理に「酔い足し」(1)

「酔い足し」の提唱

ひところ巷では「ちょい足し」と称し、やれカップヌードルには○○、カレーには○○、納豆には○○、コーヒーには○○だと意外な隠し味のアイデアを持ち寄っては、テレビの情報番組と雑誌のレシピページとネットのまとめサイトで披露されていた時期があった。
お酒のメディア「バッカスの選択」ではその着眼点を受け継ぎ(乗っかりではない、「発展的継承」だ)、料理・食べものを美味しくする脇役としてお酒を使うことを「酔い足し」と命名して(勝手に)提唱していくことにした。
まず本稿でご紹介するのはフランベ、である。

こっちのフランベは甘くないぜ

フランベ? 今さら? 改めて紹介するようなネタなのか? とツッコミの構えを見せた方々、ご案じ召されるな。一般にフランベと言えば、度数の高いラムやブランデーを調理中に投入してアルコールを飛ばし、肉料理や菓子に甘めの香りを付けるテクニックを指す。しかし今回はこれをジャパニーズウイスキー、中でもスモーキーフレーバーで知られた「余市」でやってやろうじゃないか、という次第だ。

一度火が付くともう誰にも手が付けられない。

ニッカ余市と言うと、日本のメジャーなモルトウイスキー蒸溜所では唯一と言っていい海沿いの環境でつくられるシングルモルト。北海道の日本海側という「荒波・吹雪・長い冬」な世界の中で鍛え上げられた「浜育ち」のフレーバーは、磯くさく、ドライで、ハードボイルドだ。「甘めの香り」など、入り込む余地がない。あったとしても、それは濃い海霧の彼方から途切れ途切れに聞こえてくる汽笛のように覚束なく、かすかだ。
……おっと、遠い目になってしまった。酔うのはこれからだというのに。失敬。では余市で試す「甘くない」フランベ。まずご登場願うのはこちら、遠く豪州からお越しいただいた牛ヒレ肉さんである。

出オチならぬ出ヤキをかまし、プレートの上で既にいい感じに仕上がりつつある。そしてここに海の男・余市が、任侠映画の主人公みたいに寡黙に現れる。その筋から足を洗って小さな漁村で静かに暮らしていたのに、ひょんなことから肉々しいいざこざに巻き込まれ、結局またあのころのように、烈火のごとく牛ヒレ肉さんに襲いかかる。いや、ふりかかる。

一度火が付くともう誰にも手が付けられない。

どうしてオレをそっとしておいてくれなかったんだよ! 怒りなのか悲しみなのかわからない感情が、余市の中で燃え上がる。

ふと我に返ったころには、もう牛ヒレ肉さんはぐったりしていた。ああ! オレって奴は、なんてことしちまったんだ! 畜生! めちゃくちゃうまそうじゃねえか!

余市の「酔い足し」は何が違う?

余市の「酔い足し」は何が違う?

こうしてドラマチックに完成した牛ヒレ肉ステーキwith余市フランベ。肉が柔らかく仕上がり、旨味が増して感じられるのは通常のフランベと同様の効果だが、やはり特筆すべきは肉にしっかりと移ったスモーキーな香りだ。

ラムなどでは熟した果実のように落ち着いた甘さが立ってくるが、余市の場合はシャープな塩気というのか、潮風に当てられた干物のような香ばしさが喉から鼻に抜けていく。これが肉に染み付くと、ちょうど煙でいぶしたような燻製感が漂ってきて、実によくハマる。「フランベされたステーキ」と聞くと、ひと手間かけて洗練されたジューシーさを想像するが、それよりもステーキのワイルドな側面、「焼いた肉」というシンプルな事実を強調してくるのが、余市のフランベなのだ。

「燻製感」+「肉」と言えば

さて牛ヒレ肉さんをいぶしにいぶしたスモーキー余市だが、この燻製感を味わってしまうと、やはりアイツとの一戦も見たくなってしまう。

煙たい感じがよく似合うソーセージ先輩だ。体育館の裏でモクモクやっていたところを、ひょんなことから通りかかった余市にとがめられ、その過去も知らずにいちゃもんをつけたソーセージ先輩。血の気ならぬ肉汁の気が多い若造の、運命やいかに。

一瞬で返り討ち。派手に炎上。

もうモクモクしねえか? し、しません! 男の約束だ、ソーセージ。お前にはまだ未来がある。道を外れるのはオレだけで十分だ。は、はい、余市さん! ……おっと、またフィクションに逃避してしまった。失敬。
しかしこんなB級映画のような演出で仕上がったソーセージフランベだが、その完成度たるやA級の格付けを叩き出した。まずはこのテリッテリ、プリップリ、ツヤッツヤのビジュアルをご堪能いただこう。

これが口に入れると、パリッとはじける食感があるのはもちろん、その瞬間にあふれ出る肉汁が余市特有の「潮風」フレーバーにギュッと引き締められる感覚がある。粗塩をすり込んでさらに塩気が増す鮭のように、余市で(文字通り)焼きを入れてやることでソーセージの燻製感は数倍に膨れ上がる。いやもう余市さんさすがです。これなら何度でもボコってやっていただきたい。ソーセージ先輩には気の毒だが。

ではとりあえずビール、でなくて

ということで自画自賛の余市フランベであるが、完成後はもちろん余市をチビチビやりながらつまむのが一番だ。

ビジュアル的にはビールというのも一理あるが、缶をプシュッとやる手をぐっと抑えて、フランベついでにストレートかロックで一杯やってほしい。ハイボールも爽快だが若干スモーキーな風味が飛んでしまう。しっかり煙たく仕上がった肉を、しっかり磯くさい余市でガツンと迎え撃つ。というのがやはり理想的なカップリングだ。
そして、あの名も無き漁村のうらぶれた男のことを思ってみる。そろそろ、誰にはばかることもなく遠い目をしたっていいだろう。手にはもう、グラスが握られている。では皆さん、お先に。いただきます。