今年で創業55周年を迎えた中国料理の名店、南国酒家さん。その原宿本店にお邪魔してお話しを伺うシリーズの後編は、いよいよ紹興酒の楽しみ方をご紹介。甕出し紹興酒のおいしさを上手に引き出す飲み方、料理とのマリアージュ、そして「おおお! そんなテクニックが!」という聞いたら試したくなる“秘技”まで、余すところなく取材してきました。いやあ、やっぱりその道のことはその道のプロに聞かないとだめですねぇ。
南国酒家さんでイチオシのお酒は、火入れの少ない甕出しの紹興酒。それがいつでも酸化が進んでいない開けたての状態で楽しめる秘密については、(1)でご紹介しました。今回はその“いい状態”の紹興酒をさらに味わい尽くすノウハウを、深く掘り下げたいと思います。お相手は前回に引き続き、株式会社南国酒家の代表取締役社長・宮田順次さんです。
まずは飲み方から。紹興酒というと、ストレート、オンザロック、ホット、お茶割……といろいろな方法がありますが、ズバリおすすめ、ありますでしょうか。
「甕出しの紹興酒の場合は、お燗にするのはちょっともったいないかもしれません。せっかく火入れの少ない状態で出てくるものなので、あまり熱を加えない方が本来の味わいが楽しめると思います。ですので、甕のものはストレートかオンザロック。ホットにするならビンの紹興酒をおすすめします」
南国酒家さんの甕出し紹興酒は、熟成年数が5年と8年の2種類ですが、より味に深みと旨味、熟成感のある8年物は特にストレートで飲みたい1杯。氷を入れると、凝縮されたおいしさがどうしても薄まってしまいますからね。ちなみに、紹興酒というと砂糖を入れるイメージもあるのですが、あれはアリなんでしょうか。
「昔は紹興酒の品質にもばらつきがあったので、雑味やクセの強いものに砂糖を入れて飲む習慣が広まったのかもしれませんが、今は酒質も良くなっているし、まして甕出しの場合はまず必要ないでしょう。中には昔飲んだ紹興酒のイメージのまま来店されて、ストレートで飲む甕出しのおいしさにびっくりされるお客様もいらっしゃいますよ」
飲み方に続いてはグラスの選び方。これもちょっとこだわるだけで紹興酒の魅力がぐっと引き立つのだとか。南国酒家さんでは今、ストレートの紹興酒を小ぶりのワイングラスで飲む楽しみ方を提案しています。……と、スラッと書きましたがワイングラス?で紹興酒? 果たしてどんな感じになるのでしょうか。
「まだ全店ではありませんが、ストレートの紹興酒は小さめで足の付いたテイスティンググラスでお出しするスタイルに少しずつ変えています。紹興酒は味と一緒に香りも楽しめるお酒ですから、鼻先に香りの集まるつぼみ型のグラスで飲むと魅力が増します。また、お猪口のような酒器でちびちびというのも良いのですが、ある程度の量を入れられるグラスの方がより香りが立つのでいいですね。自宅で飲むときも、家にワイングラスがあるという人はそれに紹興酒を注いでしまっても問題ないと思います」
これはいいお話、メモメモ。紹興酒は保存の仕方もワイン(特に赤)に近く、10度台後半~22度程度で味わうのがベスト。南国酒家さんでももちろん適温に管理された紹興酒がおいしくいただけます。
「お酒を楽しむにはやっぱり雰囲気も大事ですが、紹興酒は今まではそれほどイメージだとか飲み方にまでこだわるような存在ではなかった。そこは求められてこなかった、というところがありますね。でもこれからは、紹興酒も雰囲気を含めて提案していかないといけない。ワインのようなおしゃれな飲み物として、スタイル全体として紹興酒の価値を上げていかないと、特に女性のファンは増えていかないでしょう」
最近では、味わいがスムーズで飲みやすく、ボトルもスリムでラベルのデザインもかわいいワイン感覚の紹興酒が開発されるなど、業界全体でも新しいチャレンジが続いています。南国酒家さんでも「紹興酒の夕べ」というイベントを開催していて、2大ブラントである「古越龍山」と「塔牌」それぞれの5年物と8年物の甕出しを飲み比べしながら、紹興酒の知識や面白さが学べます。巷ではいろんなお酒のセミナーが人気ですが、紹興酒ってこういうチャンスが少ない気がするので、ビギナーの“入り口”にもいいかもしれませんね。
ではいよいよお待ちかね、名店の味とお酒のマリアージュのお時間です。甕出しのおいしい紹興酒にはどんなメニューが合うのでしょうか。
「熟成年数が長く、風味のしっかり出ている紹興酒にはやっぱり味の濃いもの、トウチ(黒豆を発酵させた調味料)や胡椒の効いた料理は合わせやすいですね。発酵した素材のタレとか、トロッとした餡とか、こってりしたものにはすごくマッチします。3年物など軽めの紹興酒には、塩味であっさり炒めたメニューも馴染みます。食材は肉でも魚でも、特に選びません。味付けで合わせていく感覚ですね」
ということで、まず登場したのは「黒毛和牛のブラックペッパー炒め」。
シンプルな味付けながら、それだけに胡椒の香りと辛さがピリリと立ってくる一皿。これは5年物の紹興酒が合う感じがしました。8年物に比べて香りがパキッと出てくるので胡椒に負けない強さがあり、シンプルなお料理にしっかりと風味をプラスしてくれます。後味がスッと消えていく切れの良さで、肉の旨味も一段と引き締まりますね。
お次はこちら、「ヤリイカの自家製XO醤炒め」。
貝柱をベースにしたソースで、深いコクと甘味がまろやかに広がっていきます。こちらは8年物でしょうかね。5年物よりも香りが抑えられた印象で、海鮮特有の潮の風味を邪魔しません。そして後味にかけてじわじわマッタリと存在感を出してくるもち米の丸みのある風味が、貝柱ソースの濃密感と一体化して何とも言えない幸せな気分にしてくれます。
トリを飾るのは、南国酒家さんに来たらぜひ頼みたい名物料理、「かにの玉子入りふかのひれ」。
鶏、豚、野菜などで取った極上のダシに、ふかひれ、タラバガニの身、ズワイガニの卵を入れ、とろみを利かせてスープ状にしています。濃厚です。口の中をなめらかに満たしていく旨味がたまりません。甕出し紹興酒のマイルド&ディープな味わいが見事にハマります。そしてここで社長から耳より、いや舌よりな情報が……。
「これを半分くらい食べたら、残りの半分に紹興酒をちょっと垂らしてみてください。グッとコクが出るというか、味がもっと丸くなるというか、料理の特徴がいっそう引き立つんですよ。これは皆さんにぜひおすすめしたい、非常に乙な楽しみ方なんです」
試してみると……、いや、ほんと、すごいです。
まず紹興酒の香りが加わることで、味わいに俄然奥行きが出ます。さらに、アルコール分の華やかなフレーバーに引き上げられるようにスープの甘味が一気に前面に出てきて、味全体が1オクターブ上がる感覚がありますね。紹興酒を入れるビフォーアフターでは結構変わります。それでいてビフォーもアフターもそれぞれに美味至極。これは次回からもやっちゃいますね。「プロに聞いたんだけどさ……」とドヤ顔で。
料理にお酒をちょい足しする酔狂テクニックを「バッカスの選択」では「酔い足し」と称して勝手に推奨しているわけですが、中華料理に紹興酒を酔い足しするのはわりと定番の隠し味だそうです。まあ和食をつくるときも日本酒を入れたりしますからね。なので、家庭で中華料理をつくるときも、紹興酒を入れると味が深くマイルドになって、本格感がかなり出るとか。やってみる価値大ですね。
ところで「家庭で」と言えば、紹興酒を家呑みしようと思った場合には何をツマミにしたらいいですかね。南国酒家さんのようなお料理は、とても素人に真似できる代物ではありませんので……。
「カシューナッツを飴炊きにしたものなんかは、すごく合いますよ。そこまでしなくても、ナッツ類全般はいいツマミになります。基本的にはワインに合わせるような乾き物、という感覚で大丈夫ですね。ドライフルーツなんかもいい。チーズはちょっと違うかもしれませんが、簡単に手に入れられることを考えると、ワイン感覚のツマミが手ごろなのでは」
これまたいいお話、メモメモ。……そういえば、中国料理をワインでいただくという組み合わせはどうなんでしょうか。というお話を最後に伺いましょう。実は社長、ソムリエの資格もお持ちなのです。
「中国料理は醤油系のものが多いので、そうなるとタンニンが強く濃い赤ワインはちょっと合わせづらい。相反してしまうところがあります。白やスパーリング、赤でも軽めのものが向いていると思います。あとはロゼが一番合わせやすいという人もいますね。タイプとしては、ワイン単体で楽しむというよりも食中酒として楽しめるような、酸が乗っているもの。その傾向が強いイタリアのワインを当店ではおすすめしています」
いやあ、どのお話も伺うと試したくなってしまいますね。いかがでしたでしょうか、名店で教わる中国料理の呑兵衛的満喫術。そして紹興酒の通で乙でディープなたしなみ方。編集長Dがそうであったように、皆さんにもぜひ開眼していただきたい! しかるべきプロセスとマリアージュで味わう紹興酒は、本当にうまいっす。南国酒家さんで、まずは“ご体験”ください。そうしたらもう、後には戻れません!