周囲を海と川とに囲まれた千葉県。所々に現れる水辺の風景に心打たれます。朝霜の印旛沼、「東洋のドーバー」銚子の屛風ヶ浦、内房ならば遠く対岸の三浦半島に夕日が沈む富津の「新舞子海岸」が素敵です。
外房ならば勝浦の鵜原海岸。深い緑の小高い山を背景に白い弓なりの浜辺で、日本の渚百選にも選ばれています。太陽を背にして水辺を見ると、水面は青く見えますが、南を向く鵜原海岸は太陽を背にしないので、海は白銀に輝きます。
勝浦は海側と山側に分かれます。白銀に輝く鵜原海岸から数キロ離れた夷隅川上流部、樹齢数百年の古木が生い茂った“山勝浦”のエリアに、「腰古井」の吉野酒造があります。1830年の天保年間創業。黒瓦とレンガ積みの煙突がいい感じです。この建物群、県の有形文化財に指定されています。
「腰古井」は本醸造。米の風味の残る日本酒然としたしっかりとした味わいです。
「辛口」は気持ち軽い感じで、夏向きかもしれません。
この地を「腰越台」といい、「越」を「古井」として名付けられました。読みは「こしごい」です。ちなみに「こしふるい」と読んでいたのは私だけでしょうか。古木の森の中に横穴式の井戸があり、仕込み水として使われています。
「腰古井」については、吉野酒造株式会社
千葉県勝浦市植野571
http://koshigoi.com/yoshino/yoshino.html
房総勝浦と言えば、カツオです。誰でも知っている俳句「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」。花の季節が過ぎ、山は早緑と深緑のまだら模様となって浮き上がり、さえずりもまだ慣れないホトトギスが方々に掛け合いを行っている時期は、初ガツオが出回る頃でもあります。
初春の頃はフィリピン近海から黒潮にのって、台湾から鹿児島沖辺りまで北上してきたカツオ。青葉の頃に、千葉県沖に到達し、勝浦港へ水揚げされます。
旬を迎え初めて獲れた魚介類や実りの時期に初めて収穫された農作物は、初物と言われ珍重されてきました。生気がみなぎって、食べれば新たな生命力が得られると考えられたからです。初ガツオも同様で、「初ガツオを食べると長生きできる」とされ、大変珍重されました。
江戸の頃の初ガツオは鎌倉あたりの漁場から供給されたため、俳聖松尾芭蕉は「鎌倉を 生きて出でけむ 初鰹」と詠んでいます。
勝浦で揚がった初ガツオを、ちょっと漬けにしました。ゴマ油をたらした生醤油に5分ほど漬けたカルパッチョなので、「カツオパッチョ」です。海の旨味が濃くなった感じです。マグロと違ってカツオは漬け過ぎるとベタベタしてしまうので、あっさりと漬けるのがいいと思います。
カツオパッチョにはあっさりとした「辛口」が合いました。本当は“海勝浦”の鵜原海岸でも“山勝浦”の古木の森でも、地元勝浦で味わえればよいのですが。
保冷技術がよくなったのは最近の話。江戸の昔に生きた人たちは、きっと魚を漬けにして味わっていたことでしょう。このカツオも、魚屋ではまだ目が澄んで新鮮な状態でしたが、今回は江戸の俳人たちを偲んで漬けにした次第です。「目には青葉……」と詠んだ江戸中期の俳人、山口素堂も、この味が待ちきれなかったにちがいありません。
勝浦で揚がるカツオについては、勝浦漁業協同組合
http://www.katsuura-gyokyou.jp/seafood/