「“あの香り”をあえて復活させて、ビールをつくってみたい」と新井マスターが言ったとき、周囲の反応はおしなべて「?」であった。無理もない、それは「あえて手を使いながらサッカーをしてみたい」と言っているようなもので、何が「あえて」なのか、すぐに意味を理解しろという方が困難な“明後日の方向”からの掟破りだった。
だがビールづくりのプロ中のプロが、全力で“明後日の方向”に突き抜けようとするこの無謀感こそが、このプロジェクト最大の魅力なのである。
数千年の間、ビールの醸造家たちが真っ先に取り除いてきた香りを、わざわざ復活させる。これまでの常識の中では、ただ失敗作を生み出すだけの愚行である。それをよりによって、マスター自らが全フォースを注ぎ込んでやるというのだ。ザワザワが止まらないではないか。
ジャパンプレミアムブリューの関係者も、そのあまりに向こう見ずな計画にキョトンとした心の隙を突かれたのか、この大冒険にゴーを出してしまった。ただし、賛同者が一定数いれば、という条件付きである。かくして、このプロジェクトはクラウドファンディングによって成否を決することになった。
詳細はクラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」のサイト(https://camp-fire.jp/projects/view/32793)に詳しいが、仕組みとしてはいたって簡単。新井マスターがビール界のタブーに挑む渾身の一杯が飲んでみたい!という人たちから出資を募り、それが目標額に達すればプロジェクト成立。実際に醸造が開始され、出資者だけに届けられる。
ちなみに試作は既に行われている。例の「甘いバターのような」香りを消さずに生かすため、醸造のプロセスを大きく変更し、さらにホップの組み合わせを幾度もテストして厳選することで、「本来あってはならない」はずの香りを残しつつも「ちゃんとビールとして着地する」という、離れ技をやってのけている。恐るべきジェダイマスターの神業だ。