【たまにはお勉強】「ビール」と「ブランディング」の幸福な関係……からの、新ブランド「Innovative Brewer」考察

年末に「来年の事を言えば鬼が笑う」というのはよく聞くが、年が明けたのに去年のことを言うと、一体誰が笑うのだろうか。へへへ、編集長Dである。もう1月すら終わったというのに、これから昨年の話をするが、最後まで笑わずに読むように。まあそもそも、今回は笑うところなんて一つもない。なんせ「勉強会」のネタであるから。諸君、勉強だよ勉強、真面目に読むように。

さて勉強会とは何ぞやというと、昨年の晩秋に東京・新宿御苑前の「HIGHBURY -THE HOME OF BEER-(ハイバリー・ザ・ホーム・オブ・ビア)」というビアパブで開かれた、「ビール(あるいはビールメーカー)」と「ブランド(あるいはブランディング)」に関する、うーん、何というか、まあ、勉強会、である。

ビールをこよなく愛し、また深く精通した2人の識者による講演&ディスカッション。……ま、最終的には「なるほどねぇ、じゃ、舌と肝臓でも勉強してみよう」とか言ってそのまま飲みに移行するわけだが。

で、バッカスのコアな読者の中には「ん?あれ、見覚えのある顔が……」という人もいるかもしれない。そう、「識者」の1人はジャパンプレミアムブリュー社のマスターブリュワー、新井健司さん。ビールの新たな地平を切り開くべく、自身のマニアック過ぎる見識と持てる技術の全てを注ぎ込んできた人物で、これまでもバッカスでいろいろとお話を伺ってきた。(マスターの奮戦記はこちらにアーカイブ→ http://c2h5oh.jp/category/tsukurite-omoi/

もう1人は記者・編集者・翻訳者の熊谷陣屋氏。国内最大のビール専門誌『The Japan Beer Times』の上級記者も務めているビール・ジャーナリストである。

この2人が登壇したビアパブ勉強会。まずは熊谷氏による「昨今のビールブランドの動向・情勢」から。

ビールメーカーの「無形の設備投資」?

ビールメーカーの「無形の設備投資」?

熊谷氏のプレゼンテーションでまず興味深かったのが、国内外のビールメーカーの「売上高」と「時価総額」の関係である。普通に考えれば、いっぱい売り上げている企業の方が外部からの評価(仮にその会社を買収するとして、いくらなら出そうと思うか)も高そうなものだが、必ずしもそれに当てはまらないメーカーもあるとのことだった。

たとえば近年クラフトビールが盛り上がっているアメリカでは、中小規模のブルワリーでも高い時価総額で評価されるところがあるし、全米で飲まれる(比較的大きな規模の)クラフトビールブランド「サミュエル・アダムズ」を手掛けるBoston Beer社の時価総額は、日本の大手ビールメーカーのそれと拮抗していたりする(売上高だけを見れば国内大手の方が圧倒的に大きいにも関わらず、だ)。

こうした、売上高という「数字」以外の部分でその企業の価値を押し上げている「見えない要素」が、「ブランド」と深く関わっている。ブランドというのは一般には「ブランド物のバッグ」のような使われ方をする、言ってみれば「価値とか信頼とか人気を示す”印”」と思われているが、ことマーケティングの世界でブランドと言えば、その印を媒介に企業(あるいはその商品)とユーザーが築き上げる”関係性”までを含む概念を指す(……はは、どうだ、勉強っぽくなってきただろう)。

よって「~ing」が付いて「ブランディング」になると、それは「関係性をつくること」ということになる。単純に「売って売って売りまくれ」ということではなくて、極論売り上げが立たなくても、狙った人たちと良好な関係が築ければ、それは十分「ブランディング」なのである。

「ブランドとしての価値が高い」というのは、何も高級ブランドという意味ではなく、「あの企業(商品)はユーザーとうまいことやってるな」という状態を指している。たとえばスーパーに行って、その日の特価品とかとは関係なく必ず買う(買ってしまうことがデフォルトになっている)商品があるとすれば、特別高級じゃない歯磨き粉やふりかけでもその人にとっては「ブランド」なのである。

で、話をビールに戻すと、時価総額の高いメーカー/ブルワリーというのは、つまり「飲む人とうまく関係をつくれているブランド」になっているのだ。ユーザーがそれを選んでしまう関係性(が潜在的にあるだろうという評価)に対して、価値が発生している。ビールメーカーにとって、もちろん売上を求めることも大事なのだと思うが、一方で上手に関係を築くこと(ブランディング)もいわば設備投資として、きっと同じくらい重要なのだろう。それは将来的に売上を生む、それこそ「無形の設備」となるわけだから。

そして、ここ数年ビール業界においてブランディングを成功させているのが、クラフトビール、マイクロブルワリーといった比較的小規模な作り手たちということになる。それらは「こだわりがある」「効率優先でなく手間ひまをかけている」「独立していて個性が強い」「伝統を大切にしている」「常識に挑戦している」といったそれぞれのポジションを確立し、それが飲み手にとっては”選ぶ理由”となっているのだ。

……とここまでは熊谷氏のプレゼンテーション(&それを聞いての筆者の補足的考察)。では、「Innovative Brewer(イノベーティブ・ブリュワー)」は一体どんなブランドになろうと生まれたものなのか?と話は続く。……ん?イノベー……、って何だ、と思われた諸君。すまんすまん、説明が前後した。新井マスターがタクトをふるうジャパンプレミアムブリュー社が昨年から新たに展開しているビールブランドの名が「Innovative Brewer」なのだ。

ということで、ここで講演者がバトンタッチ。新井さんが新ブランドに込めた思いを語ってくれた。

「もうカテゴリーとか、よくないすか?」

「もうカテゴリーとか、よくないすか?」

さてマスターブリュワー新井さんの登場である。話はジャパンプレミアムブリュー(以下JPB)社の立ち上げに始まり、現在までの試行錯誤の経緯が語られた。

新井さんは元々サッポロビール(JPBの親会社である)で醸造に携わっていたが、2014年に「新価値開発部」という新しいビールカテゴリーを創出するためのチームに加わり、ここが母体となって2015年にJPBが別会社として誕生した。このとき新会社のマスターブリュワー(ビールづくりの”総監督”である)として白羽の矢を立てられたのが新井さんだったのだ。

まずJPBが取り組んだのが「ナショナルクラフト」というポジショニングだった。サッポロビールのナショナルブランドとしての技術・ノウハウがバックボーンとしてあるからこそ作れるクラフトビールがあるのではないか、という考えがそこにはあった。同時に既存のクラフトビールを「少しマニアック過ぎてよくわからん」と感じる”ライト層”に対しても選んでもらえるようなビールを作ろう、という思いもあった。このあたりの格闘の記録もこちらに記事がアーカイブされている→ http://c2h5oh.jp/category/tsukurite-omoi/

ところがこの試行錯誤の中で、思わぬ発見があったという。それは「Craft Label THAT’S HOP 伝説のSORACHI ACE」という商品を開発・発売したときのことだった。これはサッポロビールが育種開発した”異端児”的(あるいは”伝説”的)ホップ「ソラチエース」の個性を最高の形で引き出した一品なのだが(この話も記事になっている→ http://c2h5oh.jp/beer-craftlabel-interview6/)、これが非常に好評を博した。

ソラチエースは既に他のクラフトビールなどには使われており(その人気に火が付いたのはアメリカである)、ビール好きの間では知られた存在だったのだが、「生みの親」がついに「自らの手で」我が子のための完璧な舞台を用意してやったという”ついに感”が、飲み手の心をワシづかみにしたわけである。つまり「うまい関係づくり」がここでは成功した。

そこで新井さんをはじめJPBのメンバーは気づくのだ。「新鮮な驚きと楽しさ」という、いたってシンプルな価値こそがビールには必要だし、ユーザーも求めている。そして、結局それを作りたくて、JPBは生まれたのではなかったか。

そしてこのような境地に達する。「既存のカテゴリーに当てはめても新鮮な驚きが作り出せないなら、もうナショナルとかクラフトとかのカテゴライズ、よくないすか」。○○ビールという分類から入らず、純粋に「うまい」(新井さんの表現を借りれば「2杯目に行きたくなる」)ものを本気で作ろう、というある種の常識破壊である。

新ブランド「Innovative Brewer」は、そうした破壊的意志から生まれた。そのものズバリ、「イノベーティブ=創造的破壊」というわけである。想像してほしい、大手メーカーとして培ってきた技術・ノウハウを持った集団が、本気で常識破壊を始めたらどうなるか。パンクではないか、ロックではないか、ワクワクするじゃないか。

「Innovative Brewer」を飲んでみよう

「Innovative Brewer」を飲んでみよう

既存のカテゴリーを打破する独創的価値提案を標榜して誕生したInnovative Brewerでは、既に第1弾商品を世に問うている。それが「Innovative Brewer THAT’S HOP」シリーズ。

ソラチエースで得た経験も踏まえ、「単体のホップ品種」を前面に出してフィーチャーしたビールとなっている。希少性のあるホップを脇役的に「使う」ビールはこれまでも存在したが、「主役」に据えるというのはあるようでなかった発想。まさにイノベーティブな商品設計だ。

「THAT’S HOP」については既に一度記事にしているが(http://c2h5oh.jp/beer-try-innovative-brewer-thats-hop/)、改めて概要をまとめておく。シリーズには2つの商品があり、その1つが「Nelson Sauvinの真髄」。

「ネルソンソーヴィン」という、「白ワインを思わせる香り」が特徴の何とも個性派なホップを100%使用(繰り返すが100パーだ、他のホップは使っていない)している。飲み口が最初ブドウ的(またはスパークリングワイン的)なのに、最後はちゃんとビールとして着地するという実に面白い1本。

もう1本が「絶妙のMosaic & Citra」。こちらの主役となるホップ品種は「モザイクホップ」で、パッションフルーツ系の香りがするというこれまたなかなかのキャラ立ち。引き立て役に「シトラホップ」という別品種も採用することで、いっそうモザイクホップの個性が際立つように緻密な計算。トロピカルで華やかなフレーバーとライトな飲み口が絶妙のビールだ。

さて「Innovative Brewer」では、今後もカテゴリーにとらわれない(そして打破する)新しいビール価値の提案を進め、第2、第3弾の商品開発を準備中とのこと。したがってこのブランドは「クラフトビール」なのかというと、答えはNO。じゃあ「大手メーカーによる限定品」なのかというと、それもNO。「Innovative Brewer」は言ってみれば、「何者でもない」。しかし何者でもないがゆえに、従わなくてはならない常識もない。何者でもないことが、このブランドを「まだ誰も出会ったことのない何か」たらしめるのである(もはや哲学)。

以上、新井・熊谷両氏による「勉強会」のレポート(というか半分は筆者の得た雑感)であった。個人的には、「Innovative Brewer」が常に「そうきたか」という新鮮な驚きをやってのける存在として、どうポジションを確立していくのかが非常に気になるところだ。

なお上記の2商品はいずれも350ml缶で、関東&甲信エリアのファミリーマート・サークルK・サンクスで通年販売。さらにこの1月から、新たに愛知県・三重県・岐阜県でも販売がスタートした。ちなみに「絶妙のMosaic & Citra」の方は、サッポロライオンの一部店舗で樽生の提供もある。気になる呑兵衛&呑み姫はぜひ試してみてほしい。