どんな分野にも、初心者や初学者に「まずこれはやってはいけません」と最初に教える基本中の基本、というものがある。サッカーのハンドとかバスケのトラベリングとか将棋の二歩とか、その道に関わっている者なら知っていて当然の初歩的な常識だ。
それでいくと、ビールの醸造を学び始めた者には「まずこの香りだけは製品になる前に消さなければいけません」と教えられるニオイがあるらしい。麦汁が酵母により発酵されるときにときに出てくるその香りは、なんでも「甘いバター」のようなものらしく、それだけ聞くと悪くない気もするのだが、我々がよく知る「爽快なノドごし」的な一般的なビールのフレーバーとしては、とにかく似つかわしくない。
しかし麦汁の発酵がビールづくりの工程上外せないプロセスである以上、この香りに出くわすのは避けることのできない宿命みたいなものだ。その定めと、人類は数千年にわたり闘い続けてきた。ビールというものをつくり始めた紀元前の昔から、人々はそのニオイをどうにか取り除いて、万民に受け入れられる「うまさ」を形づくってきたのだ。
そんなわけで“その香り”は、国やメーカーを問わず、ビール醸造の界隈では誰もが最初に叩き込まれる「消し去らないといけない」香り、なのである。
しかし紀元後2017年になって、その常識を打ち破ろうとする奇特な人物が現れた。しかもその人は日本の東京・恵比寿という、意外と身近なところにいた。バッカスの読者ならピンとくるかもしれない、あの“マスター”である。
前代未聞の思いつき、否、野望とは?