【小田原VS甲州】糀入りイカの塩辛とやや辛な白ワインが思わぬ名勝負を展開した話

【小田原VS甲州】糀入りイカの塩辛とやや辛な白ワインが思わぬ名勝負を展開した話

【小田原VS甲州】糀入りイカの塩辛とやや辛な白ワインが思わぬ名勝負を展開した話

ここのところ、編集長D、小田原に行くことが増えている。編集長Cとともに、「バッカスの選択」とはまた別の仕事である。別の“飲まない”仕事である。が、編集長CとDがそろいもそろって出張に出れば、ただ粛々と職務をこなして帰ってくるということはあり得ない。我々にはもう一つの職務があるからだ。郷に入っては飲まねばならない(これは職務だ)。飲めないならば土地の酒を手に入れねばならない(これも職務だ)。酒がなければアテになりそうな土地の味覚を確保せねばならない(三度も言わせるな)。見くびっていただいては困る、手ぶらで帰ってくるような我々ではない。

愛すべき呑兵衛が考案(?)した塩辛

先日の出張では、アテの王道・イカの塩辛を買って帰った。創業450年、皇室献上品も扱うかまぼこの老舗「小田原みのや吉兵衛」の塩辛だ。“元祖糀入り”と言われてしまっては手を出さないわけにはいかない。

創業450年、皇室献上品も扱うかまぼこの老舗「小田原みのや吉兵衛」の塩辛。

買ったときにもらったパンフによると、塩辛の歴史は350年で、当時の5代目店主が考案した糀入りの製法が今でも継承されているという。さらにはその「製法」の誕生秘話がなんと言うか落語的で、大酒飲みの5代目がある日酔った勢いで大量のイカを仕入れる→酔いが醒めてイカの処分に困り塩漬けに→しょっぱすぎたのでやけっぱちで糀を投入→見事に発酵して大人気、というこの愛すべき呑兵衛ぶり、憎めないではないか。

創業450年、皇室献上品も扱うかまぼこの老舗「小田原みのや吉兵衛」の塩辛

メルシャン渾身の“世界で戦える”白ワイン

さて王道の塩辛に合わせる酒だが、ここで日本酒にいってしまうといささか王道感が出すぎてつまらない。ということで出してきたのがワイン。甲州の辛口の白、「きいろ香」である。

甲州ワインの辛口の白、「きいろ香」

小田原と言えば戦国時代に関東を制圧した北条氏の根城。それに対し、戦国最強の騎馬軍団で天下に知られた武田氏の甲州をぶつけようというこの采配。なんとなく大河ドラマっぽいし、見ごたえのある合戦になりそうじゃないか。イクサじゃイクサじゃあ!!

……などと、物々しい導入とは裏腹に、この「きいろ香」、飲み口は実に平和的、優しい、まろやか。

甲州ワインの辛口の白、「きいろ香」

香りはブドウよりも柑橘を思わせる、爽快感にあふれた一杯だ。メルシャンの手によるこのワインは、1300年も前から栽培されている日本固有の品種「甲州ブドウ」から柑橘系の香り成分を引き出して醸造された自信作。2005年に発売されると世界的にも高い評価を得て、ジャパニーズワインのイメージを一新させた“日本代表クラス”のワインである。

舌の上で繰り広げられる一進一退の攻防戦

「きいろ香」はグラスに注ぐとやはり淡く黄色味を放つ。鼻を寄せると柑橘の果皮に通じるフレーバーがツンときて、遅れてブドウの香りが遠くから婉曲してくる。口に含むとすっきり辛口だが、鋭い切れ味でスパスパくる押しの強い辛さではなく、心地の良い酸味が遠慮がちにおもてなししてくれる実に日本人的な辛さだ。

甲州ワイン「きいろ香」はグラスに注ぐとやはり淡く黄色味を放つ。

対するイカの塩辛も、「塩」「辛」といいつつしょっぱさも辛さもそれほど強くない。強く出てくるのはコクだ。江戸時代に呑兵衛の5代目が投入した糀が、平成の今でもいい具合に醸している。絶妙な発酵感はむしろ甘さすら感じさせ、食べる者の心にするすると入り込んでくる。味な心理戦を仕掛けてくるとはさすが小田原、戦上手だ。

創業450年、皇室献上品も扱うかまぼこの老舗「小田原みのや吉兵衛」の塩辛

そんな甲州と小田原の合戦は、なんともまったりとした雰囲気の中で幸福な膠着状態を見せてくれる。塩辛のまどろっこしいくらいのコクがワインの柑橘香によって爽やかに迎撃され、華やかな余韻になって消えていく。ほのかな微発泡とともにやってくる「きいろ香」の酸味は糀の旨味と衝突して一体化し、深く濃厚な発酵感を五臓六腑に押し広げていく。一進一退の攻防は、グラスが空き、塩辛が尽きるまで続く。

塩辛のまどろっこしいくらいのコクがワインの柑橘香によって爽やかに迎撃され、華やかな余韻になって消えていく。

ほんの思い付きと大河ドラマへの乗っかりでぶつけてみた甲州ワインと小田原の塩辛だったが、なかなかの名勝負を演じてくれた。小田原出張の戦利品は、今回もアタリであったと言ってよかろう。大酒飲みの5代目ではないが、“呑兵衛の勘”というのはどんな理詰めのロジックよりもときとして頼りになる。そう、見くびっていただいては困るのだ。手ぶらで帰ってくるような我々ではない。

「小田原みのや吉兵衛」の塩辛と、甲州きいろ香