編集長Dである。諸君はウイスキー、お好きだろうか? うむ、ではジャパニーズウイスキーは? うむ、ここ数年でムーブメントがひと山きてるからね。ではキリンの「富士山麓」は?……うむ? ほほう、その感じは、まだ「富士山麓」の魅力に気づいていない様子だな。
とまあ上から目線でかましてみたものの、実のところDも「富士山麓」の実力については少々見誤っていた節がある。それが先日とあるイベントにお邪魔した際に、完全に開眼してしまった。ということで、その“体験”の様子を本日はお伝えしたいと思う。
とあるイベント、というのは東京・六本木の東京ミッドタウンB1アトリウムにて6月30日まで開催中の(なので、行こうと思えばまだギリ間に合う)「富士山麓Experience Bar」なる催しだ。イベントというよりも、ブランドのコンセプトショップのようなもので、その名の通り「富士山麓」のこだわりや魅力を味覚やら嗅覚やらで存分に“体験”できる。
さて「富士山麓」のアウトラインを紹介すると、これまたその名の通り富士山の麓にあたるキリンビールの「富士御殿場蒸溜所」で作られているウイスキー、ということになる。で、特徴的なのが、モルトとグレーンの2種類の原酒を蒸溜から樽熟成、ボトリングまで“一つの蒸溜所で”行っている、という点だ。
ウイスキーにそんなに詳しくない人には何がスゴイのかいまいちピンとこないかもしれないが、解説すると、ウイスキーには大麦麦芽のみを原料にする「モルト原酒」と、麦芽にトウモロコシや小麦など他の穀物を加えて蒸溜する「グレーン原酒」の2種類の原酒が存在する。同じメーカーのウイスキーに使う原酒だとしても、たいていはモルトとグレーンで別々の蒸溜所が別々の場所に設けられている場合が多い。
それが「富士山麓」の場合は“同じ場所”で、かつ“同じ富士山の伏流水”で(標高2000メートル付近に降った雨や雪が50年かけて湧いてくるという)、モルトとグレーンの原酒を作り分けている。これは世界的にも珍しい。これがスゴイことのまず一つ。
そしてもう一つ、さらにスゴイのは(これこそウイスキー好きでないとピンとこないかもしれないが)“グレーンを原酒さらに3種類作り分けている”すなわち“グレーンの蒸溜器が3タイプ揃っている”すなわち“グレーンに対する力の入れっぷりが半端ない”という点だ。
一般に香り・風味の骨格となるのはモルト原酒で、グレーン原酒はそれにブレンドして飲みやすくするための“脇役”であるというのが、スコッチスタイルを源流として始まった日本のウイスキー界における基本認識である(スコッチといえば、そう、シングルモルトだ)。
しかし富士御殿場蒸溜所では、スコッチに加えてアメリカやカナダのスタイルも取り入れ、ハイブリッドなウイスキー作りに挑んできた歴史がある。バーボンに代表される北米スタイルと同じく、「富士山麓」ではグレーン原酒にも重きを置いているのだ。というより、むしろグレーンが“主役”といっていい。
それを証拠に、グレーン原酒の蒸溜に使う装置は、一般的な“脇役”タイプを作るのによく用いられる「マルチカラム(連続式蒸溜器)」のほかに、「ケトル」と「ダブラー」という国内ではあまりお目にかかれない、かなりマニアックな蒸溜器を使用している。これでグレーン原酒を個性の違う3タイプ作り分けるのだ(対するモルト原酒は2種類である)。この手厚さ。こだわりよう。グレーン原酒にここまで力を注ぐ蒸溜所は、国内では富士御殿場が随一ではなかろうか。
前ページまでの事実は「富士山麓Experience Bar」にお邪魔して接した情報である。で、これを知った上で「富士山麓」を飲んだのだが、そこで“開眼”が訪れたというわけだ。何がスゴイって、ブレンドする前の“単体の”グレーン原酒、これがスゴイ。うまかった。
現在市場に出回っている「富士山麓 樽熟原酒50°」をはじめとする「富士山麓」のブレンデッドウイスキーは、富士御殿場蒸溜所のモルト2種・グレーン3種の原酒をブレンドして作られている。「富士山麓Experience Bar」ではその5種類の原酒を飲み比べできるテイスティングセットが販売されていた。
内容は「1:モルト・フルーティータイプ」=最もベースになるモルトで、雑味が少なく華やか、麦のコクもある。
「2:モルト・モルティータイプ」=ピートの効いたモルトの厚みのある味わい、香りにインパクトがあるが色はやや薄め。
「3:グレーン・ライトタイプ」=マルチカラムで蒸溜されるグレーンですっきり穏やか、これ単体だと典型的な“脇役”感がある。
「4:グレーン・ミディアムタイプ」=ケトルで蒸溜される、ふくよかでふくらみのある甘味が特徴のグレーン。
「5:グレーン・ヘビータイプ」=ダブラーで蒸溜される、ボディ感がしっかり感じられるグレーン、華やかな香りが広がる濃厚な味わい。
通常のブレンデッドウイスキーでは、「3」のグレーンのみを使い、むしろモルトのタイプを多く使ってテイストに幅を出すのが定石だ。が、こともあろうに「富士山麓」ではそのセオリーに真っ向から逆張りをかまし、“グレーンで幅を出す”というアンチテーゼをぶつけてくる。
そして単体で飲むグレーン(特に「4」と「5」)がべらぼうにうまい。編集長D、これまでもウイスキーをいろいろ飲んできたが、グレーン単体でこんなにうまいと思ったのは初めてかもしれない。というぐらいうまい。だいいち「5」なんて、グレーンなのに“ボディ感”だの“華やか”だの“濃厚”だのという形容が付くなど、考えたこともなかった。
こうして未知との遭遇を果たし、完全に「富士山麓」(に使われているグレーン原酒)に目覚めてしまった編集長Dなのであった。