ニッカ余市と言うと、日本のメジャーなモルトウイスキー蒸溜所では唯一と言っていい海沿いの環境でつくられるシングルモルト。北海道の日本海側という「荒波・吹雪・長い冬」な世界の中で鍛え上げられた「浜育ち」のフレーバーは、磯くさく、ドライで、ハードボイルドだ。「甘めの香り」など、入り込む余地がない。あったとしても、それは濃い海霧の彼方から途切れ途切れに聞こえてくる汽笛のように覚束なく、かすかだ。
……おっと、遠い目になってしまった。酔うのはこれからだというのに。失敬。では余市で試す「甘くない」フランベ。まずご登場願うのはこちら、遠く豪州からお越しいただいた牛ヒレ肉さんである。
出オチならぬ出ヤキをかまし、プレートの上で既にいい感じに仕上がりつつある。そしてここに海の男・余市が、任侠映画の主人公みたいに寡黙に現れる。その筋から足を洗って小さな漁村で静かに暮らしていたのに、ひょんなことから肉々しいいざこざに巻き込まれ、結局またあのころのように、烈火のごとく牛ヒレ肉さんに襲いかかる。いや、ふりかかる。
一度火が付くともう誰にも手が付けられない。
どうしてオレをそっとしておいてくれなかったんだよ! 怒りなのか悲しみなのかわからない感情が、余市の中で燃え上がる。
ふと我に返ったころには、もう牛ヒレ肉さんはぐったりしていた。ああ! オレって奴は、なんてことしちまったんだ! 畜生! めちゃくちゃうまそうじゃねえか!
余市の「酔い足し」は何が違う?