一口にウイスキーの味や香りといっても、実に様々な方向性がある。「甘い」にはバニラ、ハチミツ、チョコレート、キャラメル……、「香ばしい」にはフルーツ、ナッツ、ハーブ、香木……、「クセのある」にはスモーキー、磯の香り、薬品くささ……、などなど多くのたとえ方がある。他にも風味では「さわやか」「力強い」「深い」「ドライ」、舌触りでは「なめらか」「刺激が強い」、ボディ感では「軽やか」「重厚」などいくつもの指標でウイスキーの味わいは語られる。
これらの個性は、蒸溜の方法や貯蔵する樽材、貯蔵の年数などの違いでつくり分けられる無数の原酒を、どう組み合わせるかによって形づくられる。スコットランドなどでは蒸溜所ごとに方向性の全く違う個性的なシングルモルトが多くつくられ、さらに各蒸溜所の原酒を自在に組み合わせたブレンデッドウイスキーも多彩な顔ぶれがそろう。
日本のウイスキーもスコッチを手本にスタートした歴史があるので、基本的には多様な原酒のつくり分けが行われている。ただ、スモーキーさや刺激の強さなど、特定の個性があまりにも立ちすぎているものは日本人の好みに合いにくかったため、比較的おだやかで口当たりが良く、その分奥行きのある味わいに各銘柄とも仕上げられている。スコッチなどと比べると「狭く深く」の印象かもしれない。
そしてこの「深く」の部分こそが、近年ジャパニーズウイスキーの評価を世界的に押し上げている一因となっている。どれも上品で優しくバランスのとれた風味で同じようにも見えるのだが、香りをかぎ、口に含み、舌の上で転がして喉の奥に入れるまでの間に、瞬間瞬間でクセの強さや甘さ、軽やかな香りや重い刺激が次々と浮かんでは消えていく。その「流れ」の内容が、ジャパニーズウイスキーの場合は各銘柄で異なる。つまり、繊細で複雑なのだ。
ジャパニーズウイスキーの複雑さの背景には、日本独自の業界構造があるとも言われている。ウイスキーの個性は原酒の組み合わせによると述べたが、海外ではこの原酒の売買が蒸溜所やメーカーを超えて行われている。例えば、A社がブレンデッドウイスキーをつくるときに、自社とB社、C社の原酒を合わせることが可能なのだ。この場合、自社の原酒の方向性が限られていても、他社の原酒で補うことができる。
一方、日本では伝統的に、国内の競合メーカー同士で原酒をやり取りすることがほぼなかった。このため個性豊かなウイスキーをつくろうとする場合、各社は方向性もバラバラの豊富な原酒をすべて自前で用意しなくてはならない。このことが、単一銘柄を生み出す際に組み合わせる原酒の幅、その選択肢を格段に広げることになった。
さらに日本人が様々なものづくりの分野で世界をうならせてきた研究熱心でマニアックな職人気質はここにも発揮され、無数のパーツを複雑に組み上げるようにして精密機械のような繊細なウイスキーが各社から発表されることになったのである。味わいや香りの細部にまでこだわるジャパンクオリティー。次回飲む機会があったら、ぜひこの複雑さを楽しんでほしい。