会社の近くにある商店街に、よく行く居酒屋がある。もともと魚屋さんだったところが居酒屋になったという経緯から魚メニューがメインだ。だから、焼き鳥だの、唐揚げだの、ハムカツだの、肉類のメニューは一切ない。その代わりと言ってはなんだが、魚は文句なくおいしい。
酒はビール、日本酒がメインで置いてあるのだが、だいたい1杯目から日本酒を注文する。ビールは頼まない。お腹が膨れるからだ。お腹がいっぱいになっては、旨いつまみが食べられない。酒と食はセットだから楽しいのだ。
日本酒の銘柄は、おおよそ「剣菱」「五橋」「浦霞」が常備してある。その日は、「雪の茅舎」が置いてあった。秋田の斎彌酒造という蔵元がつくる日本酒だ。斎彌酒造は明治35年創業で100年以上の歴史がある老舗。「雪の茅舎」という酒の名前だが、斎彌酒造に来ていた作家が雪が積もる茅ぶき屋根の農家からインスパイヤーされ、その名がついたと言われている。
そんな「雪の茅舎」だが、今回は山廃純米。これは、2008年のISC(International SAKE Challenge)トロフィー賞純米部門を受賞した逸品だ。まさしく、“お墨付き”の味わいである。辛口・甘口を判断する基準の日本酒度は+1、酸度は1.9とニュートラルな数字だ。口に含むと甘味が広がり、軽やかで飲みやすい味わいである。さて、アテは何にするか。
この居酒屋に来るとよく頼むのが貝類である。子どものころはそんなに好きではなかった貝類だが、30歳を越えたあたりから、俄然、貝好きになった。寿司ネタも貝を好むようになったほどだ。
メニューの下段には、その日のおすすめが張り出されており、仕入れ状況によって変わってくる。そこに、お目当ての貝類のつまみ「つぶ貝刺し」があったので迷わず注文した。貝類のメニューはバイ貝煮、つぶ貝刺しなどがあるが、どちらも遅い時間に行くと終わってしまっていることも多い人気の品である。
こりこりとした食感がたまらないつぶ貝だが、この店のそれには、あるひと工夫がされている。さっと茹でた肝が添えられているのだ。最強の脇役だろう。どこの店でもやっているわけではない。新鮮なつぶ貝が手に入る店だからこそ可能なひと工夫と言える。
その肝を一緒に食べると、やや甘味のある貝に苦味が加わり、磯の風味が一気にジャンプ・アップする。口の中の“コク”が消えないうちに酒を流し込むと、ワサビの辛味と肝の苦みに、「雪の茅舎」の甘味が加わる。瀬戸大橋の渦潮のごとく、辛味、苦味、甘味が口の中を渦巻く。磯風味の度合いを日本酒度にならって表すと、磯度+10といったところか。10点満点中10点。文句なく満点だ。
お次はマコガレイの唐揚げ。こちらもおすすめの一品で、丸々1枚が素揚げされている。骨ごと食べられるので、まずは頭をバリバリと。香ばしさがたまらない。身をほぐすと湯気が立ち、そこにレモンと塩を振って口に入れる。骨のバリバリ感と打って変わって、やわらかい口当たり。ホクホクのマコガレイだけで幸せな気分になるが、そこに雪の茅舎が合わさると、これまた磯度がうなぎ登りである。
磯度が高いと、酔いが早まる。今日はこの辺で止めておこう。