三寒四温は冬に使う言葉。小春日和の小春は10月や11月を指す。春の日に小春日和を使うのは、ぽかぽかした10月、11月の日のようだという意味だ。春を表現する言葉は実に難しい。こんな季節音痴のぼくは、今宵もまた、会社近くの居酒屋に出没してしまうのだった。
先陣を切ってぼくに春を告げてくれたのがホタルイカだ。富山湾産が有名だが、毎年この時期に、日本海沿岸の広い地域で産卵のため深海から浮上してくる。刺し身や、軽くボイルしたホタルイカは、フワフワク、クニャクニャ、プリプリした食感と濃厚な肝の風味に盃が進む。ただ、あのうまい肝には旋尾線虫が寄生しているらしく、生食は注意すべきだ。沸騰したお湯で3分、もしくは中心温度60度で1分30秒があたらない目安。食べ方は酢味噌か生姜醤油が一般的だが、秋田県出身の父親はよく、にんにく醤油でよく食べていた。私はペペロンチーノにして食べるのが好きだ。
そして、貝の小柱も春のイメージがある。今回は刺し身でいったが、こちらも弾力が心地よい。小柱はかき揚げにすると味が濃厚になる。水分が飛ぶことでグルタミン酸とコハク酸の濃度が高くなるのだろうか。はたまた、他の食材のうまみ成分と反応するからであろうか? とにかく旨味が強いので主役、脇役どちらもきっちりこなしてくれる。干した貝柱なんぞ、旨味の塊ではないか。ちなみに、東北新幹線で売っているホヤの干物もえげつない旨さだ。
春を告げる3品目はカレイの刺身である。淡白だが、昆布で〆たの? と思うほど風味が強く、酒とよく合う。ヒラメほどの純白感や端麗さはないけれど、カレイの刺身はあなどってはいけない。鯛に引けをとらない味と弾力。ぼくは、好きだあ。
そんな彼らを引き立て、彼らに引き立てられる酒が、秋田由利本荘市・齋彌(さいや)酒造店の『雪の茅舎』山廃純米だ。山廃は蒸した酒米を潰す山おろしという作業をやらずに、酵母の力で時間をかけて蒸した酒米を溶かす方法だ。この酒は山廃特有の男性的な味わいがありながら、しつこくない。中性的で何にでも合わせられる。春の爽やかな肴たちと相性がよいのだ。他の記事にも紹介されているが、名前の由来は、蔵元を訪れたとある作家が雪をかぶっている茅葺き屋根の家を見て、提案してくれたらしい。わたしの中では、雪の積もる小学校の校舎裏に顔を出したふきのとうのイメージだ。まあ、いずれにせよ字面(じづら)は雪解けの春っぽいのである。
これから初夏にかけ、またいい酒の肴の季節になってきた。