【いつもの一番搾りとは違う一番搾り?】鎌倉市大船のビアハウス「福舎」さんでキリンの生ビールの“最高到達点”を飲んできた話

編集長Dである。さて今回、この記事では、諸君にぜひ次のことを心に刻んでもらいたいと思っている。

「物事には順序というものがある」

月曜日が火曜日の翌日になることはない。卵から直接ニワトリは出てこない。いきなり三塁に走って行っては野球にならない。しょっぱなから印籠を出しまくる水戸黄門はない。

順序とはこの世界を形づくる秩序なのであって、これを間違うと大変なことになる。そしてそれは、この店においても同じだ。神奈川県鎌倉市大船、JRの駅から数分のところにある「BEER HOUSE 福舎」。ここに来たならまず、次のことをしなくてはならない。

「キリン一番搾りを頼む」

諸君は今、「いや、それ要するにただの“とりあえずビール”でしょ?」と思ったことだろうが、福舎さんの一番搾りを“ただの”とか“とりあえず”とかの次元でとらえるのはやめておいた方がいい。何せここは、日本でキリンの樽生ビールを提供している飲食店のうちの、上位100店のみに与えられるアワードを獲得したお店なのである。これが印籠、あ、いや、メダルだ。

ちょいと説明すると、2016年の7~9月にかけて「うまい生ビールアワード みんなで投票キャンペーン」という表彰イベントが実施された。全国のキリン生ビールが飲めるノミネート店に来店したお客様がSNSで評価・投票を行い、その結果アワード受賞のベスト100店が決定。実際にビールを味わったユーザー自身が選ぶ、というのがミソで、福舎さんも見事に選出されたというわけだ。

何が福舎の一番搾りを“違う”ものにしているのか?

ということで、この店の一番搾りは“とりあえず”の範疇には到底収まり切らないうまさがある。もちろんキリンさんが全国共通で卸している一番搾りなので、本来は他店と同じはずだ。なのに違う、うまい。

にもかかわらず、一番搾りがあまりにメジャー過ぎるためか、他のクラフトビールやもう少しマイナーな銘柄のビールを1杯目に注文するお客さんもいるのだという。(まあ気持ちはわからなくもない。福舎さんでは一番搾り以外にも国内外のビールを扱っていて、そのどれもがうまいのだから)

「以前、1杯目にIPA(苦味の強いタイプのビール)、2杯目にもう少し苦味を抑えたクラフトビール、そして最後に一番搾りを飲まれたお客さんがいて、『マスター、この一番搾り、味がしない』って(笑)そりゃあんた、飲む順番が違うねんって、逆!逆!」と、京都府舞鶴市出身のマスター・山田浩司氏は心の中でツッコんだという。

“いつもの”“よく見かける”一番搾りだと思っていると、こういう順序ミスが起こってしまう。思い出してほしい。リメンバー。私は冒頭で何と書いたか。

「物事には順序というものがある」そして、福舎さんに来たならまず「キリン一番搾りを頼む」

これが世界の秩序を回復するただ一つの道だ。くれぐれも飲む順番を間違えてはならない。

では、そこまで自信を持って不動の1番バッターに据えられる福舎さんの一番搾りは、一体何が“違う”のか。その秘密を探っていくと、ことごとくマスターのマニアック過ぎるこだわりに行き当たる。

微妙過ぎて気づいてもらえない(?)マスターのこだわり

マスターが脱サラしてこの店を始めたのが5年ほど前。以来、自分で注いでは飲み、飲んでは注いでを繰り返し、試行錯誤の末にビールの理想像をこの世に現出させるためのメソッドを作り上げてきた。

まず導入したのがビールを注ぐタップだ。「ボールタップ」という、1本の回路でビールの液も泡も出す(一般的なタップは液と泡が別回路)装置をベルギーから取り寄せた。うまいビールを出す店に通い研究を重ねる中で出会ったのだという。

「ほとんど何も知らずに店を始めちゃったもので、とりあえずいいタップを導入すればうまくなるだろうと(笑)でも注いでみたら、あれ?おいしくない?って、ヤバい!って。ベルギーの人を軽く恨みそうになりましたよ(笑)」

ハードを入れただけではダメだということになり、そこから長い長い研究の日々が始まった。見えるところも見えないところも少しずつ変えては検証を重ねる。ガス圧、ホースの長さ、注ぎ方、グラス……。

樽ごと冷蔵庫で冷やす温度もいろいろと研究し、今は「タップから出始め」の温度が3.5度でベストというところに落ち着いている。「これ以上冷たいと味がしないし、これ以上温かいと香りは出るけどおいしくはない。ただちょっと離れた席だったり、3~4人の方がいっぺんに注文したりすると、注いでから席にお持ちするまでの数十秒でまた少し温度が上がってしまいます。微妙に、ですけどね。だから通の常連さんの中にはタップのすぐ前のカウンター席に座って、注ぎたてのグラスを奪い取るようにして飲む方もいますよ」

そう、理想の一番搾りを味わうためには、飲む側にもスキルとハングリー精神が求められるわけである。

まだまだ尽きないマニアなこだわり

グラスの形にも当然ながらこだわりがある。一番搾りを注ぐのは薄はりで、口に向かって直径が大きくなるタイプのものだ。試しに直径が均一のストレートタイプに一番搾りを注いでもらったが、全く同じビールなのに、どういうわけかニュアンスが変わるのに驚いた。編集長Dの個人的印象でいうと、ちょっとクセが強くなるというか、空気に触れて酸化が進んでしまったビールに近くなる感じがする。まあ、ほんのわずかに、であるが。

こうして一番搾り用にセレクトされたグラスは、ビールを注ぐ前にまず洗うのだが、このとき使うシンクは油物を洗うのとは別の“完全グラス洗浄専用”シンクである。油分がグラスに付着する可能性を排除するための工夫だ。

そして洗いたてのグラスを、今度は氷水に浸す。これはチェコのスタイルだそうだ。グラスを冷やすのはもちろん、静電気が抑えられる。静電気が出るとグラスにホコリが付着し、余計な泡が付いて見た目にも美しくない。

氷水から出したグラスは水を切るが、布巾で拭くことはしない。これもホコリ対策。とにかくグラス(特に内側)に何かが付きかねない行為は、一切行わない。だから水を拭き取らずに、なんなら水が付いたまんまビールを注ぐ。

そして最後のこだわりが「泡」だ。ビールの液と泡を7対3ぐらいで注ぐのは、ままよく聞く話だが、問題なのはその「泡を作るときのグラスの角度」なのである。

「ビールの液を注ぐときは45度くらいで、これはどの銘柄でもだいたい一緒ですが、そこから泡を作るときは、一番搾りの場合グラスをほぼ垂直に立てます」

これも試しに45度に傾けたままで泡を作ったパターンの一番搾りも飲んでみたが、やっぱりどういうわけかニュアンスが変わる。編集長D的には、若干辛口な感じに変わる気がして、「一番搾りらしさ」を形成する重要な要素であるところの“グッとくる深いコク”がやや後退するのかな?という印象だった。一方垂直に立てて泡を作ると、そのコクがしっかり出て確かにうまい。

仕上げに多めに作った泡をこぼすのだが、これは一番なめらかな部分をグラスに残すために余計な部分を落とす、最後の儀式のようなものだ。これで見た目も美しくなり、変にモコモコした泡にならずに済む。

「モコモコの泡って雑味が入っているので、苦いんですよ。だから落としてしまいます」というクリーミーな泡は、飲むと、とにかくうまい。泡なのに、うまい。普通、ビールの一口目というのは、泡の先にある“本体”に唇がたどり着いた瞬間が感覚でわかるものだが、福舎さんの一番搾りは泡がスムーズでうますぎて、一体いつまでが泡だったのか、どこからが“本体”だったのか、その境目がわからないほどだ。

「同じビールでも、いろいろ条件や注ぎ方を変えていくと味が変わっていくんですよ、不思議なもので。でもその微妙なところが、お客さんにはいまいちうまく伝わってないみたいで(苦笑)。だから今回のアワードがものすごく有難くて。ビールのこだわりを知ってもうきっかけになりますから」

「自分はやっぱりビール、特に日本のビールが好きなんで、もう“超うまい!”っていうやつを出したいなと。一番搾りも元々がうまいんで、そのおいしさを最大限引き出したいなと思って、やってるだけです、はい」という山田マスター渾身のキリン一番搾りを、諸君もぜひカウンター越しにぶん取る勢いで味わってみてほしい。

もちろん、順序は間違えず1杯目に、だ。

あと、そうそう、最後になったが、一番搾りにおすすめのフードはこちら。「自家製チキンバスケット」。
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醤油と生姜風味のシンプルな味わい。これにモルトビネガーをかけ、口に放り込み、サクッ、ジュワッ……。そこに一番搾りを投入するとどうなるか、……もう何も言わなくてもわかるね、諸君。ではJR大船駅で会おう。